【まとめ】吉田東洋の生涯について5分でスッキリ解説。岩崎弥太郎の先生?暗殺犯は?

こんにちは。歴史大好き”こっぷんか隊長”です。

本日は吉田東洋よしだとうようについてご紹介していきます。

吉田東洋は吉田松陰よしだしょういんと名前が被っていますが、全く違う人物です。

しかし、吉田松陰よしだしょういんと同様、青年の教育に従事し、土佐藩を雄藩へと押しあげました。

本記事は5分ほどで読めますので最後まで読んで下さると嬉しいです。m(_ _)m

 

吉田東洋の大事なポイント

①土佐藩の政治家。

②塾講師として岩崎弥太郎いわさきやたろうを育てる。

③吉田東洋の思想は公武合体論。

武市半平太たけちはんぺいたと意見が合わずに暗殺される。

 

土佐藩の政治家

土佐藩は幕末に数々の英雄を送り出すのが、悲しい目にあった志士も数多くいます。

吉田東洋もその一人でした。

東洋は馬廻役の家に生まれた役人でしたがペリー来航に伴う外交政策の意見書が藩主、山内容堂やまうちようどうの目にとまり参政に抜擢されます。

それからは容堂と二人三脚で土佐藩の大改革に取り掛かることになります。

一癖も二癖もある容堂ようどうともずいぶん気が合っていたようですから、吉田東洋のコミュ力も高かったのでしょう。

しかし藩政改革を断行するもの、保守派の反対や酒宴の席で問題をおこしてしまいリストラされています。

余談ですが山内容堂も、明治維新の時に酒癖の悪さがきっかけで政界から身を引くコトとなります。

お酒は飲んでも、のまれないようにしないとダメですね笑

塾を開いて教育者へ。

【画像は岩崎弥太郎いわさきやたろう

吉田東洋は蟄居の身にあるあいだは次代を担う青年教育に力を注ぎました。

東洋塾は地元の土佐で塾を開き、後藤象二郎ごとうしょうじろう板垣退助いたがきたいすけ、地下浪人である、岩崎弥太郎いわさきやたろうを育てます。

岩崎弥太郎は、これまでいろんな先生の元で学問を学んできましたが、それは主に漢学でした。

しかし東洋の学問は違いました。

政治、経済すべてに通じ、しかも西洋と関連した生きた学問でした。

こんなエピソードも残っています。

あるとき、吉田東洋が、後藤象二郎に、ある宿題を出しました。
後藤象二郎が提出した宿題は、彼が考えた回答とは思えないものでした。

吉田東洋が問い詰めてみると、
岩崎弥太郎が代筆したというコトを正直に話したそうです。
これを期に吉田東洋の中で岩崎弥太郎は一目置く存在になったと言われています。

東洋との出会いは、弥太郎の人生を変える転機となっていきました。

土佐勤王党と対立。

【画像は武市半平太たけちはんぺいた

やがて謹慎が解けて参政に戻ると再び改革に着手します。

財政の立て直しに始まり、商業主義を推進しての富国挙兵を目指しました。

東洋の手腕は見事の一言でしたが急進的な改革を続けていたため反対派の不満は相変わらず根強くありました。

東洋にとっての最大の政敵となったのは郷士を率いて土佐勤王党を組織した武市半平太です。

開明的な東洋は対外貿易を推進しており一方の武市半平太は徹底した尊攘派。

二人の対立は明らかであり武市は何度も尊攘論を散策するが、東洋はまるで相手にしませんでした。

土佐勤王党による暗殺。

武市は藩政に手を回して東洋失脚を工作するがそれも徒労に終わり、遂に勤王党に東洋暗殺を命じます。

そして1862年の雨の夜、土佐を改革に導こうとした東洋は外出の帰り道に殺されました。

東洋の遺体は翌朝になって発見され、そのニュースは高知城下はもちろんのこと、土佐全域にあっという間に広まりました。

この参政吉田東洋暗殺の実行犯は、土佐勤王党のメンバーである那須信吾なすしんご大石団蔵おおいしだんぞう安岡嘉助やすおかかすけの三名と言われています。

東洋の首を斬り落とした那須信吾らは、血のついた刀と鮮血のしたたる東洋の首をそばの溝で洗い、かねて用意していた古褌ふんどしに東洋の首を包んで、南奉公人町を抜け、思案橋観音堂しあんばしかんのんどうに向かって逃げました。

吉田東洋47年の人生でした。
この日から、土佐藩は土佐勤皇党が藩政を握る時代きました。

山内容堂とのエピソード

東洋死後のある日、

酒の席で山内容堂が家臣に

「俺は戦国武将で言えば誰に似てるか?」

と尋ねました。

家臣が

「恐れながら毛利元就もうりもとなり。」

と答えると、容堂は寂しそうに

「東洋なら、織田信長と答えただろう。。。」

と言っています。

吉田東洋は、山内容堂の性格をよく知った大切な家来だったのでしょう。

吉田東洋の記念碑

今は図書館と科学館の複合施設がありその脇に吉田東洋記念之地の石碑があります。

 

オーテピア高知図書館

〈所在地〉
高知市追手筋2丁目1-12

〈交通アクセス〉
はりまや橋から徒歩約5分

 

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